ばく然と考えていました。「新しい自転車がほしいなぁ」
乗っていた自転車に少し物足りなさを感じ始めていましたし、高校へはちょっとカッコいい自転車で通学したいとも思っていました。そのために設定額を5万円と決め、小遣いや手伝いで貯金を始めていました。
但し、自転車情報誌などまだない頃でしたから資料集めというと、もっぱらツーリングやポタリングの途中にショップをのぞく程度でした。ちなみに〈サイクルスポーツ〉誌が創刊されたのは1970年、私が高校を卒業した3年後です。
中学3年になり、以前にもまして積極的にお気に入りの自転車を探していました。その自転車をウインドウ越しに見たのは郊外のショップでした。
鮮やかなワインカラーのフレーム、細めのタイヤをカバーするマッドガードはダルマナットでとめられたVステー、ウイングナットでロックされたラージフランジハブ、Wレバーの2×5の10段変速、27×1-1/4 W/Oのスポルティーフ。ダウンチューブには SANNOW のロゴのプリント。
すべてが目新しく感じられ、「これ、いい‼︎」。 即決でした。もちろん、仕様もパーツの名称も後に知るのですが、店主にメーカーを尋ねると、これも後に知る東京・芝のオリジナル・ハンドメーカー〈山王スポーツ〉ということでした。
価格も予算どおり、後日引き取りに来ることを告げ帰途に。見てきた自転車を思い浮かべながら想像がふくらむワクワクのペダリングとなりました。
そのスポルティーフの走りは想像以上に軽快でした。踏み込んだ分だけ走る、加速しやすい、そんな印象をもちました。軽合金パーツでまとめられた車重は、12-13㎏だったと思います。
高校への通学は往復で20㎞弱、フロントキャリアに通学カバンをのせて、ヒョイと「行って来ま~す」 そんな感じでした。また、休日に出掛けるツーリングも奥多摩や檜原村へと、その距離は100-150㎞と伸びました。
時には民宿などに一泊して、より山奥の林道や峠の走りを満喫しました。
自動車やモーターバイクと異なる自転車旅行の楽しさは、そのスピードだからこそ感じることができる自然や人とのふれあい、それは走行中に肌で風を感じる心地よさの延長線上にあるように思います。
そんな思いがやがて日本一周や一年半の海外への自転車旅行に繋がっていきました。自転車自体も輪行ランドナー、ロードレーサー、キャンピング車… etc. へと変遷していくのですが、次の機会にまたお伝えしようと思います。