“Nothing”
カウンター越しのウェイトレスの返事は一言だけでした。ワイオミング州 Buffalo の町のカフェ。昼食後、カウンターに地図を拡げて尋ねていたのです。
「ないって、本当に? ガスステーションもないんですか?」
「だから、Gillette の町まで何もないの。行けばわかるわよ」
ランチタイムのまっただなか。[忙しいの、もういいでしょ] 彼女の答えは、そんな感じに聞こえました。
出発したシェリダンの町から、ここバッファローまで32マイル、次のジレットまで68マイル、合わせてちょうど100マイル(約160㎞)になります。これまで90マイル近く走った経験はありますが、100マイル走ったことはありません。
いずれ走ってみたいと、思っていました。それはアメリカのサイクリストたちが「きょう100マイル走ったよ」と、少々自慢げに話すのを聞いていたからかも知れません。ちょうどいい機会なのですが、問題はこの先68マイル(約108㎞)のあいだ何もないことです。
まずは水の確保です。私は、カフェの表に止めてある自転車からボトルとポリタンクを持ってくると、ウェイトレスの手がすくのを見計らい、水の補給を頼みました。スマートに出せるようになった(?)チップも忘れずにカフェを出ました。
時刻は午後1時。[最悪の場合、途中で野宿もあるかも] そんな思いを抱きながら、夜8時ごろまでに目的地ジレットの町に到着する予定で出発しました。ひとたび町を出るとインターステイトハイウェイ90号線は赤茶けて荒涼とした景色のなかを進んでいきます。
「アッチー」汗がしたたり落ちます。まだ8月半ばを過ぎたばかり、ワイオミングの日中の気温は30度を超えています。行けども行けども景色は変わりません。水を飲む回数が増えるばかりです。
[車の中はクーラーがきいているんだろうな] 走り抜ける車がうらやましく感じられました。涼をとるにも、木立の1本すら生えていません。やむなくガードレールの陰に沿うように横になりました。それでも下から地面の熱さが伝わってきます。
熱中症を避けるため、しばらく走っては水を飲んで横になる、また走っては横になる、その繰り返しです。[今日中に町に着くのはもう無理だ。行ける所まで行こう] 太陽が沈み少し涼しくなると、ダイナモライトと懐中電灯を点灯して走り続けました。
しかし、体力の消耗は想像以上で、思うほど距離をかせげません。ボトルとポリタンク合わせて、2リットル以上あった水がなくなった時点で走るのを止めました。
夜9時。町までは残り20マイル。暗くてわかりにくいですが、クロスウェイらしきポイントを見つけるとハイウェイを降り、懐中電灯の明かりを頼りにハイウェイの支柱の脇にテントを張りました。
テントのなかにすわり、しばらくして落ち着くと、缶詰めと予備のペットボトルの水でささやかな夕食を。疲れた体は食欲より横になりたい欲求が強く、すぐに寝るしたくに取りかかりました。頭の上からはハイウェイを走る車の音が聞こえていました。