[あれっ、まさか?]
それは突然の出会いでした。自転車のフロントバッグの正面には、私と同じように〈日の丸〉が縫い付けてあります。声をかけてみました。
「コ・ン・ニ・チ・ハ?」
「はい、こんにちは?」
「まさか、こんな所で日本人に会うとはなぁ、驚いた。Hといいます、よろしく」
「はい、僕もビックリしました。Kです」
「若いけど、学生さん?」
「ええ、夏休みの旅行中です」
橋の方を振り返りながら、私は、
「あの橋を渡ってカナダへ行くつもり? ダメなんだ。自転車は走れないよ」
「えっー、そうなんですか。ナイアガラまで行くつもりだったんですけど、ダメですか」
「半日ヒッチハイクしたけど、車はつかまらなかった。これから宿の Y.M.C.A. に一旦戻る所なんだ」
「そうなんですか。今日中にカナダへ行くつもりだったんですけど、それじゃ無理ですね」
K君にデトロイト市内での野宿は危険だから、一緒に Y.M.C.A. に泊まるようにすすめると、彼も同意しました。
Y.M.C.A. で再度チェックインをしながら、失敗に終わったヒッチハイクの話をすると、フロントの青年が、
「それなら、セントクレア川のフェリーを利用すれば、いいんじゃないですか。小さいフェリーですけど、人も自転車も乗れます。40マイルほど北にありますよ」
「K君。聞いた? いいねぇ、そのフェリーで行こうか。ちょっと遠いけど」
「ええ、そうしましょう。これで安心です」
青年はさらに話を続けて、
「橋でのヒッチハイクは無理だと思います。営業車も多いですし、ドライバーは入管で時間をかけたくないし、トラブルも避けたいから」
歩行者や自転車が渡れない橋には驚きましたが、これでひとまずカナダへ渡るメドがつきました。2人同室にチェックインすると、ともに久々の日本語に興奮ぎみで、夜遅くまでいろいろと話し込みました。
K君は、東京の大学生です。夜勤の守衛のバイトで旅費を貯め、夏休みと9月いっぱいの休学を利用して、アメリカ東部を中心に自転車旅行中とのことです。旅の最後にナイアガラ観光をして、ニューヨークから帰国する予定です。もちろん、それまで2人で一緒に走ろうということになりました。
小さなフェリー Bluewater ferry
エリー湖とヒューロン湖は、北からセントクレア川、小さなセントクレア湖、そしてデトロイト川とつながっています。私とK君は、セントクレア川のフェリー乗り場 Marine City を目指して出発しました。途中、セントクレア湖畔から振り返ると、遠くデトロイトとウィンザーの街が、そして渡れなかったアンバサダー橋もうっすらと見えていました。
[渡れなかったおかげで、こうやって2人で走れるんだから、よしとしよう] 昼過ぎにフェリー乗り場に着きました。ブルーウォーターフェリーは、聞いた通りの、車が数台乗れば一杯になる小さなフェリーでした。ちょっと隣の町(国)まで買い物に、そんな感じの渡し船のようです。
川の流れを計算してか、船は桟橋を出ると斜めに航行していきます。セントクレア川はデトロイト川ほどの川幅はありませんが、それでも対岸カナダの Somba の町へは15分ほどかかりました。料金は安く、たしか1-2$だったと思います。
入国審査は簡単に終わりました。私は再入国ですし、初めてのK君も一通りのことを聞かれただけでした。やっとカナダへ、しかも予期せぬフェリーで、そこでセルフタイマーを使って記念写真を撮ることにしました。1枚目は間に合わず、2枚目でやっと2人でフレームに収まりました。