レインボーブリッジを渡って、アメリカへ再々入国。おもしろいのはナイアガラ川を挟んで、カナダ側もアメリカ側も街の名前が同じ Niagara Falls なのです。むろんアメリカ側にも観光のベースやスポットがありますが、観光客は圧倒的にカナダ側に多く見られました。
橋の中央がおそらく国境なのでしょう、カナダとアメリカの国旗が立っています。橋のたもとにある入管での入国審査はひと言ふた言で終了、アッサリしたものでした。
ハイウェイ脇には〈Welcome to NEW YORK 州知事ヒュー・キャリー〉という、知事の名前入り看板が迎えてくれました。西海岸のロスを出発してまる4ヵ月、とうとう東海岸のニューヨーク州までやって来たという実感がわいてきました。
犬に噛みつかれ、えっ狂犬病?
ニューヨーク州に入ると、カナダに比べ交通量も増えてきました。Ｋ君の帰国スケジュールもあり、この日は雨のなか Auburn の街の Y.M.C.A. に到着できるようにと走っていました。午後には雨も上がり快調に走っていましたが、道路の段差に前輪をとられて転倒してしまいました。
幸い前後のサイドバッグがクッション代わりとなり、衝撃をやわらげてくれたお陰で左足の軽い打撲ですみました。痛みを感じながらもオーバーンの街の Y.M.C.A. を探して走っていると、いきなり左側の家の庭からものすごい勢いで一匹のシェパード（雑種かも）が突進してきました。その犬が後ろから私の右側に回り込むと、唸り声をあげ歯をむき出しにして噛みつかんばかりです。
とっさにトウクリップから右足を外しましたが、犬は足首の上をガブリ、間に合いませんでした。痛みも忘れて必死にペダルを回し、何とか追いかけてくる犬を振り切りました。犬にしてみれば自分の縄張りに現れた怪しいヤツなのでしょうが、私にしてみればとんだ災難です。
狂犬病の心配はないでしょうが、犬は鎖につながれていませんし、飼い主がいたようすもありません。私は、他に同じような被害者が出てもまずいと思い、止血を済ますと近くにあったポリスステーションへＫ君と一緒に報告に寄りました。
噛みつかれた足の傷を見せて事の顛末を話すと、警官は現場に行くから２人にパトカーに乗って案内するように言ってきました。現場に到着すると、警官はパトカーのなかで待つように告げ、１人で玄関へ向かいました。庭の奥からさっきの犬が盛んに吠えています。
玄関では応答がなかったのか、警官は裏手にまわりましたが、しばらくすると戻ってきました。どうやら留守のようです。警官は戻る途中の車内で、再度訪ねて飼い主に確認と注意をするからと約束してくれました。
シャワーの後、私は転倒時の打撲に湿布を、そして犬に噛まれた傷口を消毒してバンソウコウを貼っていました。
「いやぁ、まいったよ。初めて転倒したと思ったら今度は犬に噛まれるなんて、きょうはついてなかった。でも、パトカーに乗れたからいいか」
「Ｈさん。ちょっといいですか、これ見てくださいよ。狂犬病なんですけど、ヤバくないですか?」
なんと、Ｋ君は用意周到、病気に関する医学書を携行していました。それを持ち出してきたのです。
「えーっ? 今の時代、狂犬病はないだろう。俺の子どものころには、保健所が野犬狩りをやってたけど、最近は狂犬病のニュースなんて聞いたことないし」
「そうなんですけど、ここはアメリカですしね。えーと、まず発病率がですね……」
「アメリカも同じだろ。で、何だって?」
そう言いながら、Ｋ君が差し出した医学書をのぞき込んでみました。そこには、狂犬病の発病率は5-50%、潜伏期間は2週間から半年、致死率100%、つまり発病したら確実に死ぬということでした。まさかとは思いますが、何だか少し不安になってきました。
「Ｈさん。あした、また警察へ行ってみましょうよ、あのポリスも確認するって言ってたじゃないですか」
「うん。そうするか。飼い犬か野良犬か。飼い犬なら狂犬病の予防注射をしてるかどうかわかるだろう。ただ狂犬病を英語で何と言うか、まずはそっからだな」
持参した英語の辞書を引っ張り出すと、
「えーと、狂犬病は? rabies に canine madness か……」
ベッドの上でぐっすり眠るつもりが、その夜は英作文の時間になってしまいました。
42,000km by bike 