アメリカでの最終目的地、ニューヨークへは、混雑するハイウェイを避け、フェリーで行くことにしました。アメリカで一番小さなロードアイランド州を経て、コネチカット州の港町 New London へ。ここから対岸のニューヨーク州ロングアイランド島の突端の町 Orient Point までフェリーが出ています。
ちょうど午後1時出航便に間に合いました。料金は乗客5$50¢、自転車2$50¢で合計8$です。フェリーは思いのほか大きく、楽に車が30-40台は入りそうです。乗客用のキャビンもありましたが、私は多くの乗客と同じように後部デッキで、心地よい潮風に吹かれながら、徐々にはっきりとしてくる対岸のロングアイランド島をボンヤリとながめていました。
1時間半ほどの船旅で小さな港町、ニューヨーク州のオリエントポイントに着きました。[よしっ、あと160㎞も走れば、ニューヨークだ] なんだか気合いが入りました。桟橋から続く道はハイウェイにつながり、30㎞ほど行くと町に出ました。
そろそろ今夜の野宿の準備をするために、最初に見つけた食料品店に入りました。駐車場には車のボンネットにビールとツマミを置いて、一杯やっている2人組がいます。車にはハシゴが、どうやら職人のようです。(アメリカでは、ビールを飲みながら車を運転する人をよく見かけました)
私は2人と目が合うと指で [やってるネ!] とサインを出しました。しばらくして食材とビールを手に下げながら出てくると、2人組から声がかかりました。
「よーっ。一緒に一杯やらないか?」
あとはテントを張る場所を探すだけです。酒好きの私には断る理由もありません。袋からビールを取りだすと、
「いいから、こっちのビールを飲めよ。そっちは、あとで自分で飲めばいいから」
「じゃ、カンパーイ」
2人は仕事仲間の大工、マックとジョージです。ボンネットの上のビール瓶を指差しながら、ちょっとふざけて聞いてみました。
「けっこう飲んでるみたいだけど、車の運転は大丈夫なの?」
「大丈夫、問題ないよ。仕事のあと家に帰る前に、一杯やるのが俺たちの日課だよ」
つまらないことを聞くなよ、そんな感じの返事に聞こえました。いつの間にかあたりは暗くなり始めていました。
「明るいうちに野宿する場所を探したいから、そろそろ行かないと。ご馳走さまでした」
「おいっ、ちょっと待て。あそこにテントを張れるように、俺が店のオヤジに掛け合ってくるから」
大柄なジョージは、そう言うと店の中へ。確かに店の横にちょうどいい芝生のスペースがあります。しばらくして戻って来ると、手には新たにビール瓶が、
「オヤジがあそこの芝生にテント張ってオーケーだって」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、また飲み直しますか」
再び乾杯です。すると、いきなりマックが
「お前は、相撲レスリングはやるのか?」
「柔道って知ってますか? 柔道の経験はありますけど、相撲は子どものころに遊んだぐらいです。やりますか?」
「おおっ、やろうぜ」
〈仕切り〉と〈立ち合い〉の動作と合図を教えると、まずはマックと「はっけよーい。のこった」勝ったり負けたりのいい勝負が続きました。次はジョージとの勝負ですが、私よりひと回り大きい彼は、力が強くてとても歯が立ちませんでした。簡単にぶん投げられて、勝負は一瞬のうちにつきました。
別れ際にマックは5$札を差しだすと、遠慮する私の手にガッチリと握らせました。
「いいから、取っておけよ。絵ハガキでも送ってくれ」
2人を乗せた車はクラクションを鳴らしながら出ていきました。私は大声で叫んでいました。
「運転、気をつけてーッ!」
[あの2人、結局最後まで俺の名前を覚えてくれなかったな]