実は、このころ、自転車が少々トラブルを抱えていました。
1週間ほど前のことですが、走行中に後ろから異音が聞こえてきました。見ると、サイドバッグが揺れています。左側のハブに近いキャリアの溶接部分に亀裂が入っていたのです。
原因は浮いてしまった六角ナットです。締め付けがゆるみ、その振動が溶接部分に負荷をかけたようです。
六角ナットはネジ山がバカになり、締め付けできません。ムリヤリ回せばフレームのダボのネジ山までダメにしかねませんので、そのままにし、取りあえず針金でグルグル巻いて固定しました。
イギリスのサイクル雑誌でチェックすると、プリマスに向かう途中の港湾都市 Bristol にフレーム工房があり、隣接してサイクルショップがあることがわかりました。
[ここなら溶接してくれるだろう]
そう考えて、この日ブリストルのショップを訪ねてみました。あいにく月曜日は溶接担当者が休みで、近くのフレーム工房を紹介してもらいました。
工房の前でオーナーのダン青年が待っていました。一人でフレーム造りをしているようで、小さな工房の天井から5-6本フレームがぶら下がっています。さっそく、バッグを外して溶接部分を見てもらいました。
「大丈夫ですか、直りますかね?」
「うん、大丈夫、直るよ。問題ないよ」
そう言うと、ダンはバーナーで熱し、取れかけた溶接部分を外しました。
「あとは、このナット径に合うものを溶接して付ければ終わりさ。これが丁度いいんじゃないか?」
彼は小箱の中から穴の開いた丸い金属片を選ぶと、再びバーナーに点火してロウ付け溶接を始めました。作業時間はわずか15分ほどでした。
「これでオーケー、完璧だよ」
「アッというまでしたね。ありがとうございました。あと、この六角ナット6㎜だと思うんですけど、ありませんか?」
「ああっ、それね。あるよ」
そう言って、引き出しから取り出したナットを一つ手渡してくれました。
「イギリスはインチサイズだけど、ミリ径のナットやボルトもありますよね?」
私が確認するように尋ねると、
「うん。ヨーロッパの他の国ではミリサイズだからね。特に自転車はミリ径が多いよ」
そうです。アルミやカーボン製の自転車が主流になる前の日本の自転車のルーツはイギリス、フランスやイタリアです。古くは明治時代に遡ります。ミリのナットがないわけがありません。
「アメリカだったら、手に入れるのが大変だったかもしれませんね。で、修理代はいくらになりますか?」
「いいよ。これくらいサービスだ。タダだよ」
「えッ、ほんとうに。嬉しいです。ありがとうございます」
ダンの言葉に甘えることにしました。お互いに写真を撮り合うと、私は記念に5円玉を渡し、最後に握手をして彼と別れました。[ダンはなんてイイやつなんだ]
困っている時に親切に対応してくれる、嬉しいものです。
5円玉のコミュニケーション
外国には穴の開いた硬貨はほとんどなく、日本の5円玉は珍しいと聞いたことがありました。ちょっとしたお礼や仲良くなったしるしに手渡そうと思い、日本をたつ前から少しずつ集めていました。
その数約100枚、銭形平次(古い!)よろしく、紐に通して持ち運んでいました。5円玉を差し出すと、必ずといっていいほど、子どもは穴からのぞき、大人はいくらの価値があるか聞いてきます。
驚く顔が見たくて、ときには「10$位だよ」と、ふざけて答えました。
100枚で500円、それでコミュニケーションが取れればこんなに安いツールはないと思います。