セゴビアから先は再び国道に戻り、アップダウンを繰り返しながらグアダラマ山脈の峠をめざしました。峠を越えればマドリッドまでもう少し、きょう中には着けるはずです。小腹が減った私は、小休止を兼ねてバルに寄ることにしました。
「Cerveza, Tortilla, Por favor.」
（セルベッサとトルティージャをください）
バルにはツマミとして Tapas（タパス）と呼ばれる魚のフライ、イカリング、マリネなどのちょっとした小皿料理がカウンターに並んでいます。
また、串に刺さった一口サイズの Pinchos（ピンチョス）と言うツマミもあります。セルベッサはビール、トルティージャはジャガイモの入ったオムレツで、たいがいピザのようにカットされています。
タバコに火をつけた私は、ジェスチャーで「灰皿をください」とカウンターのなかのオヤジさんに頼みました。するとオヤジさんは、つまらないことを聞くなとばかりに、無言で私の足下を指差しました。[オオッ、なんだコレは]
足下にタバコの吸い殻がたくさん散らかっています。どうやら床が灰皿がわりのようです。少し抵抗がありましたが、吸い終えたタバコ（ポピュラーな銘柄 Fortuna 160円）を床に落とすと、靴の裏でもみ消してみました。
不思議なもので、この行儀の悪い(?)スペイン流にもすぐ慣れてしまいました。しっかり消されずにくすぶった吸い殻もたまにありますが、皆あまり気に止めるようすもありません。吸い殻は閉店時にまとめて、またはあまり多く溜まるとホウキや幅広ブラシで掃除していました。
小さな町の赤十字駐在所
[あれッ、ヤッちゃったかナ?] 峠までは10㎞足らず、小さな町 San Rafael（サン・ラファエル）を走行中でした。どうやら前輪がパンクしたようです。[ツイてないなァ。パンクなんていつ以来だ]
あいにく雨が降っていたので、目の前の赤十字の看板がかかった建物のガレージを借りて修理することにしました。
事務所に声をかけると、中には制服姿のまだ幼さの残る３人の若者がいました。何だか怪しい私の登場に何ごとかと出てきた彼らは、パンクしたタイヤを見て状況を理解したようです。
ヒマなのでしょうか3人でお喋りしながら、パンク修理を眺めています。1ヵ所、2ヵ所、空気がまだ抜けているようです。反対側にもう1ヵ所、合計3ヵ所、一度に3ヵ所ものパンクは始めてのことでした。
修理が終わると、彼らが話しかけてきました。とは言っても、会話は彼らが知ってる英語の単語と私が知ってるスペイン語の単語のみ「カム、カム!」「ランチ」「コーヒー」どうやら「一緒に昼飯をどうだ?」と言っているようです。
なかに案内されると、すでにテーブルには昼食が並んでいました。食事のタイミングに私が現れてしまったようです。さすがに職務中と見えてワインはありませんが、勧められた料理のなかには大きな容器に入ったパエリアらしきものがあります。
「パエリヤ?」
「シー。パエジャ」
パエジャとも言うようです。ちょっと小太りの青年ホセのお母さんの差し入れだと言っています。
いつか食べたいと思っていたパエリアが、こんな所で食べられるなんて思いもしませんでした。彼らは箸を使って食事をする私を見て、おもしろそうに笑っています。食事中も単語だけの会話は続きました。
「カントリー?」
「ハポン。ビシクレッタ、アメリカ、カナダ、イングランド、エスパーニャ」
「オーッ!…?…」
「ユー?」
「スチューデント」
彼ら3人は学生で、2年間の兵役の一環として赤十字で任務に就いているそうです（スペインは2001年に他のヨーロッパ諸国にならって徴兵制を廃止しました）。彼らが「ウサ、ウサ」と言っていますが、何のことだか最初はわかりませんでした。
「ウサ? ウサ? オーッ、USA アメリカ! ウサッ!!」
「シー。アメリカ、ウサッ!!」
[そうか。スペイン人は USA をローマ字読みでウサと言うんだ] 私が気づいたのは、彼らと話し始めてだいぶたってからでした。
何で違うの? lla の発音
Paella はパエリヤと発音するものと思っていましたが、彼らのようにパエジャと言う人もいます。Tortilla トリティージャはトリティーヤとも。
アンダルシア地方の都市 Sevilla セビリアはセビージャ。同じく地名 Castilla カスティーリャはカスティージャ。面倒な話ですが、地域による違いや話す人の癖もあって lla の発音は[ヤ]だったり[ジャ]だったりするようです。
42,000km by bike 