12月初旬(1982年)ということもあり、マドリッドのY.H.は比較的すいていました。利用者は世界各国の若者が中心です。チェックイン・アウトの時間は決まっていますが、さいわい門限はあまり厳しくないようです。
Y.H.から地下鉄に乗ると、マドリッドの中心プエルタ・デル・ソル(太陽の門)まではすぐでした。朝から市内をブラブラしました。
当時の人口300万、スペインの首都マドリッドはヨーロッパ有数の大きな都会です。行き交う人の多さに驚きました。ロンドン以来の光景です。
1日に4回もあるラッシュアワーにも驚かされました。スペイン独特のシェスタ(昼食+昼寝)という習慣によるもので、この地では昼食がメインの食事でフルコースになります。
市内で働く人びとも自宅に帰って食事をとることが多く、朝とシェスタ前後の2時と4時過ぎ、帰宅時間の8時過ぎの1日4回、市内の道路も地下鉄もラッシュアワーになるのです。
シェスタの習慣もあり、スペイン人はあまり働かないといわれますが、こと労働時間に関しては当てはまらないように思います。シェスタをはさんで4時間、計8時間キッチリ仕事をしている(?)はずです。
イギリスとほぼ同じ経度のスペインですが、イギリスより1時間早いヨーロッパ大陸の時間に合わせて生活していますので、昼食もイギリス時間の昼1時からと思えば納得できる(?)かもしれません。
その後、EC から EU へと30年、最近はヨーロッパの他の国にあわせて、このシェスタの習慣も変わりつつあるようで、何だか少し残念な気もします。
ヒターノの物乞い
人が多いからでしょうか、物乞いの姿もみかけました。ニューヨークやロンドン、そしてマドリッドでも旅行者目当てに金をせびる人に何度か遭遇しましたが、物乞いは初めてでした。
幼なかったころの貧乏だった日本、東京の街角で見かけた光景を思い出しました。
人通りの多い道ばたにゴザを敷き、母親らしい女性が薄汚れた服を着て、毛布にくるんだ赤ん坊を抱き、腰を深く曲げて目を閉じてすわっています。膝もとに放り込まれるお金を受けるための器、横にボサボサ髪の幼い女の子。ヒマな私はしばらく眺めていました。
想像以上に多くのスペイン紳士がお金を投げ入れて行きます。ほとんどが10ペセタ以下の硬貨です。たまにアメ玉を入れる子どももいます。ある程度お金がたまると膝の下にお金をしまいます。
チャリーン……。チャリーン……。ジャリン。
音が変わった瞬間、女性がパッと目を見開きました。50ペセタとでも思ったのでしょうか、硬貨を確認しているようすでした。
人ごみのなか、ゴザを小脇に抱えて、はだしで走る幼い女の子、そのあとを赤ん坊を抱きゴムぞうりをはいた女性が大股で追いかけています。マドリッドで幾度となく見た光景です。[あれッ、同じ連中だ。場所かえかな?]
「物乞いね。あれはヒターノ[スペイン語]*の仕事だよ。赤ん坊は、お金を払って借りてくるんだ。睡眠薬を飲ませて寝かせているらしいよ」そう説明する人がいましたが、ことの真相はわかりません。
*最近は彼らの自称’ロマ (Roma)’を使うのが一般的のようだ。[参考: スペイン語 Gitano; フランス語 Gitan/Tzigan; 英語 Gypsy; ポルトガル語 Cigano; イタリア語 Zingaro/Gitano]