ぐるっとヨーロッパ: Spain (16)日本人の露天商

「Ｈと言います。まさかのまさかですよ。こんなところで日本人の方に声をかけられるなんて。いやぁ、驚きました」
「私はＩと言います。ご覧のように露店商、テキヤです。いや、その〈日の丸〉もそうですが、実は10日ほど前にも別の街でＨさんと同じような日本人のサイクリストに会ったんでね。Ｗ君と言って、ポルトガルのリスボンへ行くと言ってたな」

「私もこの先、リスボンに行くつもりです」
「じゃ、ひょっとするとＷ君に会えるかも知れないね」
この時、私はリスボンでＷ君に会えるとは思っていませんので、Ｉさんのこの言葉は軽く聞き流していました。

「今夜の宿を探しているんですけど、さっき断られてちゃって、これから別の宿を探そうと思って」
「それなら俺が泊まっている宿を紹介してあげるよ。別にどんな所でもいいんだよね? これから案内するよ。すぐそばだから」

そう言うと、Ｉさんは隣で掛け軸や置物などを売っている中国人にひとこと声をかけました。
「いいんですか? お店の方は」
「うん、大丈夫。店を留守にするときはお互い店番をするんだ。売り物の値段はみんな知ってるしね」

Ｉさんが案内してくれた宿は、なんと先ほど私が断られた宿ですが、なぜかすんなりと宿泊できることになりました。
「ありがとうございます。Ｉさんのお陰です。さっきは何でダメだったんだろう。あまりにも俺の格好が汚かったからかな?」
「そうかもしれないな。ところでＨさんは酒はいけるクチ?」

「ええッ。好きです。野宿をしてても毎晩ワインは欠かせませんよ。エッへッへ～」
「お～ッ、いいね。じゃあ今晩飯でも食いながら一緒に飲もうよ。早目に店じまいするから待っててよ。いい店知ってるし」

長時間の日本語の会話は久しぶりでした。ロンドンで日本人観光客とほんの数分。マドリッドにも日本人観光客はいましたが、話す機会はありませんでした。じっくり話すのはナイヤガラ近郊を一緒に走った大学生のＫ君以来です。バルでのＩさんの話は、非常に興味深いものでした。

露天商の人びと

マドリッド市内を移動しながら露店商をしている人と、Ｉさんのように他の国の連中とグループでスペイン国内を回っている人などに区分できるようですが、マドリッドを中心に百人近い日本人の露店商がいるようです。グループで移動する人たちは売り物がダブらないようにそのお国柄はバラバラだといいます。

日本人露店商の商売はほぼ同じで、仕事内容はちょっと変わったアクセサリー。針金細工のカラフルな指輪が50ペセタ。マッチ箱の半分ぐらいの大きさの透明なアクリル板にマニキュアをぬり、その上に「アントニオ」や「カルメン」といった名前をロットリングペンでカタカナや漢字で書き、さらにマニキュアを塗って100ペセタ。

その名前を書いたアクリル板に細いチェーンを通してペンダントにすると倍の200ペセタ。他にも海岸で拾ってきた平べったい石に名前を書いたり、日本の色紙に筆で名前を書いて売っています。

一般的な名前はすでに商品として並べられていますが、珍しい名前の場合は目の前で書いて見せるパフォーマンスもします。いずれにせよ、品物を売るわけではなく、元手のかからない手先の器用さを売る商売とは、よく考えられています。

Ｉさん自身はこの仕事をはじめてもうすぐ１年になるそうですが、就業ビザがないので知人の名前を借りて街の役所に160ペセタ払って許可をもらっているそうです。

同業者のなかには帰りの飛行機代を貯めるのが目的の人、この仕事をしながら10年近く世界中を旅をしている人、マドリッド市内で5年露店商を続けて1千万円貯めて日本に帰った夫婦などと話題には事欠かないようです。

手先の器用な日本人はなかなかの評判のようで1日で4-5万円売り上げる人もいるとのことです。この手の話は尾ヒレが付きやすく、話し半分に聞いていましたが、日本人ボヘミアンもなかなかのものだと感心させられました。

日銭が入る商売柄でしょうか、ギャンブルに手を出す人も多いようで、サッカー好きのＩさん自身もサッカーくじの Quiniela(キニエラ)にはまっていると言います。