ヨーロッパには多くのプロサッカーリーグがあります。発祥の地イングランドのプレミアリーグ、ドイツのブンデスリーグ、イタリアのセリエA、そしてスペインのリーガ・エスパニョーラなどです。
各リーグ所属チームの母体はクラブチームですから、当然、地元チームの応援には熱が入ります。なかでも、リーガ・エスパニョーラのファンが一番激しいのではないでしょうか。
当時、スペインのテレビ局はまだ少なく、2チャンネルだけという地域もありました。それでも、映し出される映像から応援の激しさが伝わってきました。その激しさの根底にはスペインの戦いの歴史があるようです。
スペイン王国の建国以前、イベリア半島には多くの王国がありました。長い戦いのすえにスペイン王国へと統一されていきますが、統一後も地方に対する圧政は続き、特にバスクやカタルーニャへの迫害は強かったようです。
それに大戦後に起こったスペイン内線時の確執も加わっていきます。
古くはリーガ・エスパニョーラで年間優勝したにもかかわらず、地元の選手を試合に使わないという理由で解雇された監督もいました。中にはいまだに地元出身の選手だけで構成するチームもあります。
レアル・マドリッド vs FCバルセロナなどは、試合内容よりも地域対抗の応援合戦がヒートアップします。また同じ地元でも、金持ちが立ち上げたクラブから排除されたメンバーが元のクラブに対抗して創設したチームもあり、両者間の応援も激しいものがあります。
さらに、そこへ国営ギャンブルのキニエラが加わり、スペインの人にとってサッカーはより身近なものになります。キニエラの歴史は古く、イタリアのサッカーくじのトトカルチョと同じく、1946年に始まりました。
今ではその週に開催されるサッカー15試合の勝ち、引き分け、負けを〈1と×と2〉の数字と記号の三つで予想します。15試合すべて的中から、14試合、13試合と、払い戻しもいろいろあります。日本のサッカーくじ toto は、キニエラとトトカルチョをまねています。
キニエラは、くじ売り場を始めカフェ、バル、タバコ屋など、いたるところで手軽に買うことができます。当選者が少ないと、配当金は当然高額になります。
当時から当選者が一人のときは1億円を越える場合もありました。今ではキャリーオーバーで10数億円にもなるケースもあるようです。
この夜もIさんは予想したキニエラのくじを何枚か持っていました。
「当たるといいですね、それッ。Iさん当たったことあるんですか?」
「いや、一度もないよ。たまにくやしいなってときもあるけど。まあ、これは俺のちょっとしたオアソビ、楽しみだよ。サッカーが好きだしね」
帰り際、Iさんはバルの片隅にあるスロットマシンに釣り銭の硬貨1枚を入れて、レバーを引きました。勢いよく回り始めたリールはしばらくして「カシャ、カシャ、カシャ」二人の目の前で止まりました。
「いやぁ、ダメでしたね」
「うん。ダメだった、アッハッハァ~」
「Iさん、あした、また飲みませんか? 今度は俺におごらせてくださいよ。俺、急ぐ旅でもないんで」
「そりゃ、いいね。俺たちもさっき話して、あしたの日曜日でこの街での商売を終えて、次の街へ移動するんだ。もう1週間もここにいるから売り上げも落ちてきたし。じゃ、あしたも飲むことにするか」
「ええっ、おたがい出発は月曜日ということで」
翌日、私は市内観光の途中、Iさんの昼食時に2時間ほど店番をやらせてもらいました。アクセサリーには、なぜか価格が書いてないので値段を尋ねられます。私が答える数字は三つだけです。
Cincuenta(シィンクエンタ) 50
Cien(シィエン) 100
Dos cientos(ドスシィエントス) 200
私の店番のあいだに売れたアクセサリーは三つだけ、結局1日で15個止まり。Iさんのお楽しみキニエラもいつものようにすべて外れてしまい、残念ながら二人の飲み会は祝勝会とはいきませんでした。