一つ大きな誤算がありました。それは、モロッコ内陸部はスペイン南部より寒いことです。どうやら暖かいのは地中海沿岸だけのようです。私たちは、単純に南に行けば行くほど暖かくなると思っていました。
それにも増して冬季は雨が多く、この日の夕方から降りだした雨もミゾレに、そしてやがて雪へと変わっていきました。寝袋にくるまった私は、隣のテントに声をかけました。
「W君、今夜は冷えるゾ~。かぜ引かないようにナ」
「ハ~イ、わかってます」
「あしたはフェズに着くから、そしたらホテルのベッドで寝ようよ」
翌朝、目を覚ますと、心配した雪は積もっていませんでした。夜中のうちにやんだようです。
古都フェズの街
フェズの街には昼過ぎに着きました。安宿探しのため、城壁に囲まれた旧市街(メディナ)へ。
城門をくぐり先に進んで行くと、タンジールのメディナと同じような小路にたくさんの店が並ぶ光景が目に飛び込んできました。さらに奥に進むと、スーク(市場)と呼ばれる食肉などの食料品店、伝統工芸品や土産物店、衣料品店などそれぞれ専門店が並ぶ一角があります。
すれ違う人やお店の店員が、自転車を押して歩く私たち二人を物珍しそうに見ています。例によってナンダカンダと声もかかります。かなりの距離を歩いて、店番の若者に教えてもらったホテル・エリアに着きました。
「どこにしましょうか? もちろん安宿ですけど」
「う~ん、まかせるよ。W君どっか適当に聞いてみてくれる?」
「はい。じゃぁ、ちょっと行ってきます」
「頼むわ。俺、自転車見てるから」
しばらくして、W君が戻ってきました。
「Hさん。聞いたんですけど、二人1部屋1泊=32ディルハム(1,200円強)でした。安くないですか?」
「オーケー。いいよ、そこにしようよ」
通された部屋は狭いものの、柔らかいベッドに綺麗なシーツ、シャワーもトイレも冷水ですが、ちゃんと出ます。何より嬉しかったのは、部屋のすみに温水かスチームかわかりませんが、パイプ配管のラジエーター式暖房器があったことでした。
その夜は暖かい部屋で二人ともグッスリと寝ることができ、W君が目を覚ましたのは翌日の昼近くなってからでした。
フェズは8世紀のベルベル人王朝の王都として栄えて以来、何度となく王朝が興きては消えて行く、混沌とした時代のなかでたびたび首都として機能してきたモロッコ最古の都市の一つです。
キリスト教徒にイベリア半島を追われたイスラム教徒やユダヤ教徒を受け入れる寛容さもフェズの街は持ち合わせていました。市内にはユダヤ教徒が住むエリアがあり、きちんと住み分けされています。また、以前はサハラ砂漠を行くキャラバン隊のベースとなる大きな宿舎も多くあったそうです。