アルジェのバーには、モロッコと同じように私たち外国人に混ざって現地の人が飲酒する姿がありました。
初期のイスラム教は、飲酒もそれなりに許されていたと聞きます。その後、啓示を受けたムハンマドの教えにより飲酒が罪深いものとされ、現代に至っているようです。
実際にモロッコやアルジェリアでイスラム教徒の飲酒を目にした私は、気になって帰国後調べてみました。
アルジェリアの成年男性の約25%、つまり4人に一人が生まれてからこれまでに飲酒の経験があると答えています。女性は10%強になります。直近の1年間となると男性13%、女性5%。さらに、より多く飲む機会があるとなると、男性数%、女性1%以下です。ほんの僅かながら習慣的に飲酒をする人がいるということでしょう。モロッコもほぼ同程度の数字です。
飲むお酒の種類は、ビールとワインでほぼ100%、そのうち65%がビールという割合です。
処罰の有無を含めて、飲酒に対する考え方は、アフリカから中東、中央アジアそして東南アジアと広範囲に広がるイスラム圏でも国や地域によってかなりの違いがあり、国が変わればまた違う数字になるのではないでしょうか。
近年、アルジェリアではビールやワインを国内生産してヨーロッパに輸出しています。そのことを考えると、アルジェリアの飲酒の数字も、今後変化していく可能性があるかもしれません。
アルジェでは、探し物に追われて観光をしませんでした。あえて観光らしいことといえば、探し物のついでに街の北にある旧市街カスバ(他の都市でいう城壁で囲まれたメディナ。1992年に世界遺産に指定されています)を訪ね、丘の上から地中海を眺め見たことぐらいです。
〈歌謡曲「カスバの女」〉
「カスバの女」という歌をご存じでしょうか。1955年に作られたヒット曲で、その後も多くの歌手がカバーしています。一番のサビの部分は、
♪♪「………
ここは地の果て アルジェリア
どうせカスバの 夜に咲く
………
この歌詞の持つ雰囲気と違って、カスバでは人々のごく自然な営みが感じられました。(独立戦争時には、カスバの路地裏でフランス軍と銃撃戦が繰り広げられたと聞きましたが、そんな当時の面影はまったく感じられませんでした)この曲の作詞者はアルジェリアを一度も訪れたことがないとのことです。どうやらフランスの外人部隊をイメージして作った歌詞のようです。