1時間…2時間…そして3時間。あたりはそろそろ暗くなり始め、時刻は5時になろうとしていましたが、私たちはまだ入管事務所内にいました。
雨がやむ気配はなく、相変わらず降り続いています。いまだにW君の身元の確認が取れないのです。
その間、イタリア製スクーターのベスパ(日本では映画「ローマの休日」で有名になりました)に相乗りした二組のイタリア人カップルに「どうした?」と声をかけられましたが、「ちょっと入国審査でトラブって」と答えるしかありませんでした。
車から手続きに降りてくる人たちもカウンター横の椅子に座っている私たち二人を怪訝そうに見ています。私は係官に聞いてみました。
「どうなの、いつになったら身元の照会ができるの?」
「わかりません、きょうはできないかもしれません」
「じゃ、今晩ここで過ごすの?」
「そういうことです」
係官のその言葉を聞いて、私は急に晩飯が心配になりました。朝買ったホブスは昼飯に食べてしまい、残っているのはオレンジのみで他に食料はありません。W君と相談して、私が食料の調達に行くことにしました。
「私の入国は問題ないはずだから、街まで食料を買いに行きたいんだけど?」
「オーケー。それでは荷物検査をします」
係官による入念な自転車のバッグの検査が始まりました。チュニジアのお金を持っていない私は、まず両替する必要があります。
「ここから街までどのぐらいの距離ですか?」
「Tabarka(タバルカ)という街まで6キロぐらいです」
「6キロか。暗くなってきたし、雨がまだ降ってるし、街までのバスはないんですか?」
「バスはありませんが、この先のカフェの前から乗り合い自動車が出ています」
「乗り合い自動車ですね。もう5時になるから銀行は閉まるだろうし、両替所は開いてますか?」
「そうですね、ホテルでなら両替できると思います」
愛想はありませんが、係官は的確に答えてくれました。雨のなかを自転車で行くのを諦め、車で街まで行くことにしました。
チュニジアでは、バス路線のない場所をカバーするルアージュという乗り合い自動車があります。お客はルアージュ・ステーションで乗り合い自動車を待ちます。5人ほどお客が集まると出発します。
運よくカフェの前には乗り合い自動車が止まっていました。運転手に事情を説明し、お金がないので両替してから運賃を払うと伝えると「いいから乗れ」とのこと。乗客は私を含めて4人。
雨のなか、暗くけむる海岸線を横目に、ほどなくタバルカの街の広場へ到着。運転手に戻ってきて運賃を払うことを告げると「金はいらないから、早く行け」と。「ありがとう、運転手さん」。
二つの銀行はやはりすでに閉店。両替が可能なホテルを聞き出し、向かうことに。さほど大きくない街にしては立派なホテルです。
フロントで両替を頼むと「あしたの朝8時だ」、何度頼んでも返事は同じ「あしたの朝8時だ」。何がなんでも両替したい私も必死です。無理を承知で「プリーズ、コール、ポリス」を連呼。すると面倒だと思ったのか、しぶしぶ両替に応じてくれることに。
50$=32TnDr(1チュニジア・ディナール=約390円)
続いてスーパーで米と缶詰め、チーズ、コーラを購入。パンは売り切れており、レストランで分けてもらうことに。キャンピングガスも探しましたが、ありませんでした。
買い出しを終え、広場から再び乗り合い自動車で国境の入管事務所に戻り、晩飯のしたくを始めたころには、すでに8時を回っていました。