中央アペニン山脈を下ると平原が開け、イタリア半島の長靴のカカト部分、プーリア州に入りました。ちょうど Foggia (フォッジャ) の街を走行中のことです。
「Hさ~ん、ちょっと待ってくださ~い」
「どうした~ッ?」
W君が自転車を降りてチェックしています。何やら不具合が発生したようです。
「スポークが折れたんです。ビチッって音がしたんで見たら1本折れてました」
「うしろか?」
「ええ、フリー側の1本です。スポークが折れるなんて始めてです」
ハブ・フランジの通し穴の部分でスポークは完全に折れていました。私は予備のスポークとフリー抜きの専用工具を携行していましたが、W君の自転車のホイールのフランジと大きさが違うため、スポーク長が微妙に合わず交換できません。
「走れるかな? 自転車ちょっと持ってて、タイヤ回してみるから」
「どうですか?」
「このくらいの振れなら走れそうだ。よかったよ」
「自転車屋でスポークの交換してもらうようですね」
「うん。自転車屋を探そう」
イタリアの道は舗装具合もよく走りやすかったのですが、街の中心部には古くからの石畳の道が多く、その凸凹による振動が負荷になり、スポークが折れたのかもしれません。とりあえず折れたスポークを針金で隣のスポークに固定すると、リムの振れを気にしながら自転車屋を探すことにしました。 幸いにもフォッジャは大きな街、自転車屋もすぐ見つかるはずです。通行人に場所を教えてもらい、自転車屋へと向かいました。
フォッジャの街はこの地方の他の街とちょっと雰囲気が違い、街全体に比較的新しい建物が多いようです。後に理由がわかりました。交通の要所であるこの街は第二次世界大戦中に連合国軍の空襲を受けて街の約4分の3が破壊され、2万人もの犠牲者が出ました。最終的に街はイギリス軍に占領されたそうです。
通行人に教えてもらった通りに出ると、入口の左右に自転車が並んでいるお店を発見。小さなショーウインドウからのぞくと、店内にも自転車が並んでいます。間違いなく、お目当ての自転車屋です。W君が声をかけました。
「ボンジョルノ、修理をお願いしま~す」
「ケ・コーザ? リパラツォネ?」
奥から出てきたのは50才ぐらいの店主のオジさん、折れたスポークを見せれば修理とわかってもらえます。店主の指示でサイドバッグを外し店内で修理が始まりました。
メーカーこそわかりませんが、W君の自転車はヨーロッパ仕様です。当然イタリアにもスポークもボスフリーの抜き工具もピッタリのものがあります。最初は心もとなく見えた店主の作業でしたが、スポークを交換すると、肝心のリムの振れ取りを手際よくこなし、全作業を30分かからずに終了しました。
W君はチェックのためにすぐに店の前の道路を走ってみましたが、問題はなさそうです。走りながらお礼を言っています。
「大丈夫みたいです。グラッツェ! シニョーレ」
「プレーゴ、いいようだな」
修理を終えた店主も満足そうでした。