競輪を除くと、日本の自転車スポーツは初期においてツーリングが中心だったと、Trails Japan[01-11]に書きました。
1970年代になると、走るスピードを求めスポルティーフからロードレーサーへと少しずつシフトしていきます。そんな時に雑誌や老舗のサイクルショップで目にしたのが精度の高いパーツで組まれたイタリアのロードバイクでした。
その性能もさることながら、美しく処理されたラグで繋がれた洒落たカラーリングのフレームは日本車と一線を画するものでした。
そんな洗練されたロードバイクのデザインや機能性は、自転車に限らず折りたたみバイクや三輪バイクなど斬新なバイクを製作する数多くのモーターバイクのメーカーやフェラーリやランボルギーニに代表されるスーパーカーのメーカーにも引き継がれていると思います。
数多いイタリアの自転車メーカー
現存する自転車メーカーでは、1885年 (明治18年) 創業の BIANCHI (ビアンキ) が一番古いとされています。一方、ショップで一番古いのが1860年創業のイギリス Pearson Cycles です。近年日本にも同社のサイクルウェアが輸入されています。
その他、戦前から続くイタリアの自転車メーカーは戦後に社名を変えた WILIEL (ウリエール) や CASATI (カザーティ) 、戦後の GIOS (ジオス)、CINELLI (チネリ)、MAGI (マジ)、そして、1950年代の PINARELLO (ピナレロ)、DEROSA (デローサ)、COLNAGO (コルナゴ) と、ビッグネームが続きます。
その後もアルミやカーボンフレームの開発が進むにつれ、次々と新たなメーカーが誕生していきました。
そんな激しい競争のなかのロードバイク、カンパニョロのチェーンホイールや変速機など、多くのパーツもイタリア製、質が高いのが当然です。日本にも老舗のショップなどを通じてイタリアのロードバイクは輸入されていましたが、値が張り、当時20代で安月給取りの私には手の出せない憧れの自転車でした。
最近、私と同世代の人が新しいイタリアのロードバイクに、しかもクロモリのフレームに乗っているのを見かけることがあります。「いろいろと余裕が持てるようになった今、あのころ乗れなかったバイクに乗ってるのでは?」そんな気がします。
作り手にも憧れだったのが、イタリアのバイクです。イタリアに渡り、メーカーが多く集まるミラノのフレーム工房で修行をした日本人ビルダーも少なくありません。
帰国後、彼らはその技術をいかしてオリンピック選手や競輪選手のパワーや体格に合わせたフレームを作るようになります。現在活躍中のフレームビルダーは彼らの弟子や孫弟子だと思われます。
フレームといえば、イタリアでは前述の1919年創業のコロンバスのチューブですが、かたやイギリスには1899年創業の REYNOLDS (レイノルズ)というメーカーがあります。両者はツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアなどのビッグレースに出場するチームにフレームを供給する形でしのぎを削っていました。