ブルガリアのビザはアルジェリア入国まで3日以内などという制限はありません。これで私は慌てることなく出発できますが、その前にW君を送り出さなくてはなりません。
ただ、以前も書いたように私は人を見送るのも人に見送られるの苦手です。あの場の雰囲気が何とも言えないのです。W君を送り出す前夜、宿で一杯飲みながらの会話で、私はあらかじめ断っておきました。
「あしたさ、空港まで見送りに行かないけどいいかな? エアポート・バスの発着所までは行くけど」
「いいですよ。送ってくれなくても、Hさんだって出発の準備とかあるでしょ? そうだ、自転車だってまだ引き取りに行ってないじゃないですか」
「ああっ、自転車はバス停まで見送りに行った帰りに引き取るつもりだよ」
「わかりました。じゃあ、バス停までお願いします。それからスイスではMのところに必ず寄ってくださいよ。彼女にHさんのことよろしく頼む、と手紙を出しましたから」
MさんとはW君が日本にいたころの友人で、現在スイス人の旦那さんと結婚してスイスに住んでいます。W君がノルウェーにいたころよく連絡を取り合っていたようで、きのう彼女のアドレスをもらっていました。
「うん。必ず寄るよ、スイスは時間をかけて一周するつもりだから」
「それから、僕が暮らしていたノルウェーにも行ってくださいね。ネパールから手紙を出しますから。ノルウェーの日本大使館宛に」
「スイスから真っすぐノルウェーをめざすから。日本大使館にも寄るよ」
「約束ですよ」
「オーケー、わかった。で、あしたは何時ごろ出る?」
「夜の便ですから、5時ごろ出れば大丈夫だと思います」
「5時な。じゃあ、早めに晩飯食べることにしよう」
W君は身につけた貴重品のほか荷物は寝袋に少々の着替えと水筒のみ、旅なれた彼らしいものです。その他はすでに日本に送っていました。エアポート・バスの発着所へ向かう途中、私は彼に詫びていました。
「せん別、渡せなくて悪いな」
「何言っているんですか、旅先でそんなのお互いさまですよ。今、おごってくれた晩飯で充分ですよ」
「そうか?」
「Hさんだって、この先お金はいくらあっても足りないんですから。それにイタリア、ギリシャとほとんど野宿だったでしょ。宿代ケチッたお陰で結構お金が残ってますから」
「それならいいけど。ところでネパールではアテがあるの?」
「ええ。以前、知人から手紙をもらったんですよ。ネパールでジャパン・デモンストレーション・ファームっていうところで厄介になっているって」
「なんだろう? それ。NGO か ODA か何かのボランティア団体かな?」
「よくわからないんですけど、そこで仕事の手伝いすれば、宿と飯ぐらい提供してもらえると思うんですよ」
「へぇー、そういうつもりなんだ。すごいな、俺にはまねできないよ。バイタリティーあるよ」
「そんなことないですよ。それに農業なら多少心得てますから。少しは役に立つと思います。もちろん休みをもらってトレッキングしますよ。それが目的なんですから」
おしゃべりしているうちに、いつのまにかエアポート・バスの発着所は目の前に迫っていました。