「ワン グリルド フィッシュ パラカロー」
壁ぎわのテーブルに腰掛け、私はそう言いながら、脇を閉めて両手で30センチほどの幅を作ったあとに指を1本立てました。
「グリルド フィッシュ? ネー」
「アンド、ベジタブル サラダ、フライド ポテト、アルトス、ビッラ、パラカロー」
「オイノス? ネー」
「ネー」はギリシャ語で「イエス」。今日は焼き魚が食べられます。
ギリシャ語をほんの少ししか知らない私は、いつも英語とギリシャ語で意思を伝えていました。それでもダメなら、日本語とジェスチャーです。英語を上手に話すギリシャ人はたくさんいました。
ほかの魚介と煮込んだ、いかにも地中海らしい魚料理ももちろんありますが、私は焼くだけ・揚げるだけのシンプルなギリシャの魚料理が気に入っていました。
しっかり焼き色のついたスズキのような魚が出てきました。長さ30センチほど、出世魚のスズキでいうと、セイゴとフッコの間といったところです。塩・コショウされていますが、そこへたっぷりとオリーブオイルでかけて食べるのがギリシャ風です(本当は醤油がいいのですが)。
持参した箸でうまく骨をさばき、身をつまんで食べて行く私を見て、店主はニコッとしています。店主が気を効かせたのか、テーブルには注文しなかったワインも置かれています。
食事を終え、「ポリ カラ」とひと言伝えて店を出ると、映画館へ向かいました。
[おッ、ポルノだよ。ギリシャじゃ解禁されてるんだ]私の目にポルノ映画のポスターが飛び込んできました。アメリカのトリプルエックスのハードコア・ポルノです。[そういえば、アメリカではあんなに目にしていたのに見なかったな、ここはひとつ見てみるか]
どうやら今始まったばかりのようです。私はすぐにチケットを買って入館しました。館内はすでに満員で、何と立ち見の客までいます。[立ち見かよ。それにしても混んでるよな、解禁されたばかりなのか、それともスキモノが多いのか?]
スクリーンでは早くも全裸の女性が映し出され、館内に大きなあえぎ声が響いています。たいしたストーリー展開もなく、SEXシーンが繰り返されていきました。
と、そのとき、急にライトが点いて館内が明るくなりました。どうやら休憩タイムのようです。息を殺してスクリーンを見ていたのでしょう、明るくなると同時に「フゥーッ」一斉に大きなため息が流れました。
隣のオジさんと目が合いました。互いに見合わせると、どちらからともなくニコッ。「お前もスキだなぁ」そんな感じでしょうか。日本では長編映画には休憩が入りますが、海外では1時間半程度の上映時間でもよく休憩が入ります。
愛煙家の多いギリシャでは休憩タイムは喫煙タイム。席をキープすると、みなロビーや廊下でこれまた一斉にタバコを吸い始めました。私もその一人、中にはルールを無視して館内で吸う人もいます。
ギリシャの喫煙率はヨーロッパで一番高く、男性の半数以上、女性は3割以上になります。当時はタバコ購入の年齢制限すらありませんでした。
アテネオリンピック(2004年)に合わせて規制が入りましたが、効果はありませんでした。08年には公共の場での全面禁煙、18才以下のタバコ購入禁止に踏み切りましたが、あまり徹底されていないようです。
喫煙を終え館内に戻り、しばらくして暗転するとスクリーンの迫力あるシーンとともにあえぎ声が聞こえてきました。観客も再び真剣にスクリーンを見つめていました。