ブルーノ宅へ戻るとブルーノはすでに帰宅していました。
「フラウミュンスターは閉まってて、シャガールのステンドグラスは見れなかったよ」
「閉まってることはないけどな。きっと何か催事があったんじゃないかな、何しろ教会だからね。そのあとに開いたと思うよ、残念だったね。シャワーを浴びてくれば。今夜は僕がチーズフォンデュをご馳走するから」
「ヘーッ、チーズフォンデュ? 始めて食べるよ」
「彼がチーズフォンデュを作るとき、私は何もしないので楽なんです」
ブルーノによると、スイスではチーズフォンデュは客人をもてなすために男主人が作る料理とのこと。それぞれの家庭でニンニク、バター、チーズやワインにこだわりがあるそうです。
「いい具合に溶けてきた。そろそろオーケーだよ」
「そう言えば、マリスのお父さんのバーベキューでも溶けたチーズをジャガイモやソーセージにからめて食べたよ。大きなチーズを串刺しにして焼いてたな。スイスの人はチーズが好きなんだな」
「もちろんだよ。フォンデュの味はどう?」
「うん、うまい。最高だよ」
「私はチーズフォンデュはすぐ飽きちゃうから今一つなんです」
確かに串刺しのパンにチーズをからめて食べるチーズフォンデュは単調な気がします。だからこそ、チーズ好きの人にはたまらないのでしょう。それに何といってもワインによくあいます。
旅先で聞きたいことがあってもかなわないことが多くありました。「言葉の壁」です。英語圏ならまだしも、その他の国ではまず諦めるしかありません。この夜は隣にKさんという私専用の通訳者(?)もいてくれます。酒の酔いもあって思いきって聞いてみました。
「ブルーノ、ちょっと聞きたいんだけど。イニシアチブだっけ? スイスのダイレクトデモクラシーについて教えてほしいんだけど。興味があるんだ」
「何だ、急に難しい話になったね。いいよ、何?」
「Kさん、通訳お願いできますか?」
「はい、いいですよ。それに私も多少わかると思います」
確かにスイス在住のKさんなら実体験として知っているはずです。
「スイスでは確か10万人の署名があれば憲法改正のイニシアチブ(国民発議)にかけられる……」
時にブルーノとKさんが確認するようにドイツ語と英語でやり取りをしながら私に答えてくれました。
スイスでは国民10万人の署名があれば国民発議として議会にその投票の是非を問えます。議会で可決されれば、そのままレファレンダム(国民投票)という流れになります。議会に否決されても、その否決の是非を問う国民投票が行われるのです。国民の過半数の支持があれば、あらためて国民投票になります。
当時のスイスの人口は650万人弱、つまり65人に1人の提案で国民発議ができるのです。現在スイスの人口は800万人ほど、さらにハードルが下がっています。憲法改正の国民発議が10万人、法令に関しては半分の5万人、さらにハードルは下がります。
世界中でもっとも憲法改正が多い国がスイスです。もちろんイニシアチブではなく議会による憲法改正の発議もあります。いずれにせよ、国民投票の過半数と連邦国家を形成する州の過半数を得れば憲法改正が行われるのです。