[どうやらこの家のようだな。早く着いてよかった。オッ、きれいな花が咲いてる]
Mさんの住むシュヴァルツホイゼルンは人口400人ほどの小さな町です。旦那さんの名前はグロックですが、尋ねるまでもなく家はすぐに見つかりました。前日「あした行きます」と電話を入れたので大丈夫なはずです。
入り口から家を囲むように花壇があり、玄関先のテラスにもいくつもの鉢植えがあって、色とりどりの花が咲いています。家自体は古いようですが、きれいにペンキが塗られ手入れが行き届いているのがわかります。「小さな町の可愛い家」といったところです。チャイムを鳴らすと、出てきたのは若い女性、Mさんのようです。
「こんにちは、Hです。Mさんですか?」
「はい、Mです。ようこそ」
「電話でも伝えましたが、W君に勧められたとはいえ、勝手な話ですみません」
「心配しないで大丈夫ですよ。Hさんのことはみんなにもう話してありますから」
考えてみれば、一方的に訪ねて行くという乱暴な話しです。正直、Mさんの言葉にホットしました。自転車を奥の納屋に置き、荷物だけもって家に入ると、一緒に夕食のしたくをしていた旦那さんのお母さんも出てきました。
お母さんはMさんより背が低く、日本人でも小柄といえます。挨拶をすますと、私の寝室となる部屋へ通されました。部屋にベッドか二つ、どうやら客人用のゲストルームのようです。
「今、お父さんの親戚のオジさんにウチの畑の手伝いに来てもらっているんです。そのオジさんと一緒にこの部屋でお願いします」
「はい、わかりました」
「それから、これがHさん宛の日本からの手紙です」
数通の手紙を手渡されました。ギリシャからMさんに手紙を出すと同時に、Mさん宅に手紙を送るように日本に絵ハガキを送っていました。その手紙を預かっておいてくれたのです。
「落ち着いたら、シャワーをどうですか? お父さんたちも旦那もそろそろ帰ってくると思います。そしたら夕食にしますので」
農作業のお父さんたちと違い、旦那さんのグロックは会社勤めのようです。シャワーを浴び荷物の整理をしていると、皆さん帰ってきたようで、しばらくすると全員揃って夕食が始まりました。
当たり前ですが、家族の会話はすべてドイツ語、私の話はドイツ語が上手なMさんが通訳してくれました。
お父さんが「スイス旅行はどうだ?」と聞いてきました。私はスイス入国以来この日までの1週間、いろいろな出会いと出来事を皆さんに話しました。そして、スイスを一回りしたあとドイツへ向かうつもりだと言うと、
「Hさん、お父さんがそれならもう一度ウチに寄ればいいと」
「えッ、もう一度ですか?」
「ここからドイツへ行くのが一番いいと言ってますけど」
「お父さん、ありがとうございます。そうさせてもらいます」
私にとっては非常にうれしい話で、即座に返事しました。お父さんが言うように、ここシュヴァルツホイゼルンからドイツとの国境の街バーゼルまでは北へ60キロほどで、ドイツへ向かうには最高のロケーションなのです。[ラッキーだな。ますますスイス旅行が楽しくなりそうだ]
お父さん、オジさん、グロックと皆さん、お酒は行ける口のようです。ビールとワインがやがてスピリッツに移っていきました。
寝る前に日本からの手紙を読むことにしました。隣のベッドで横になっているオジさんに「私は今から手紙を読みます。終わったら部屋の明かりを消します。それでいいですか?」と英語と得意(?)のジェスチャーで聞いてみました。「ヤー、オーケー」の返事、理解してくれたようです。