7月10日(日)。グロック宅を出発してすでに10日経ち、スイスの旅も後半、今後のコースはグロック宅へ戻るかたちになります。昨夜の雨は上がり、日中は晴れ間も望めそうです。ここ数日、同じような天気が続いていました。
ウルリヘンからローヌ川沿いを数キロ、Oberwald(オーバーヴァルト)の町を過ぎた辺りからきつい上りになってきました。やがて分岐となる小さな町 Gletsch(グレッチ)に到着。
ここでローヌ川と別れ、左へ山道を行けばめざすグリムセル峠です。このままローヌ川沿いを進めば、フルカ峠からオーバーアルプ峠、その途中を南へ向かえば伝説「悪魔の橋」で知られる、昔からのヨーロッパの交易路、ゴッタルド峠です。
これらの峠はすべて2,000mを超えており、この辺りはさしずめスイスのへそ(?)とも言える場所です。
これからの上りに備えて、分岐点で一休みすることに。すぐ先に立派なホテルが建っているのが見えます。[こんな小さな集落に何か不釣り合いだな。結構古そうだし」
休憩中、村人でしょうか一人の青年がドイツ語で話しかけてきました。「ドイツ語が話せるか?」と聞いているようです。
「ナイン。でも英語なら少し」
「俺もだ。あんた日本人だろ?」
フロントバックに縫い付けた日の丸を確認しているようでした。彼の質問に答える会話を終えると、逆に尋ねてみました。
「小さな町だけど、ずいぶん立派なホテルがあるね?」
「うん、200年ほど前に建てられたんだ。氷河を見に来る観光客用だよ」
「えっ、グレッチャー? ああ、グレーシャーか」
「そう。グレーシャーだ。何でも昔は村のすぐそばまで氷河が迫っていたらしい。あのホテルの裏まで氷河だったみたいだ」
「それにしても、200年も前とはね」
「氷河を見に行けるハイキングコースがあるよ。この先フルカ峠の手前のホテルの横から入るんだ。ここからグリムセル峠へ行くって言ってたよね」
「ああ、そうだけど」
「だったら、途中右側に見えるよ、氷河が。そこから峠までは近いさ。その地図見せてくれよ」
彼は地図を見ながら説明してくれました。そこには、フルカ峠とグリムセル峠にはさまれて小さな青い文字で Rhonegletscher (ローヌ氷河)とありました。
英語で氷河は glacier、ドイツ語では Gletscher です。この町の名前は Gletsch グレッチ、まさか氷河の名の由来ではないでしょう、逆でしょう。
「じゃあ、グレッチは<氷河村>じゃないの?」
「ワッハッハ、そうかもね」
青年は明言しませんでしたが、私はそんな気がしました。彼との会話は15分ほど、ちょうどいい休憩になりました。