朝食も終わり、出勤するお父さんとブルックヘッド、学校へ行く妹さんを見送ると、居間でスイスで出せなかった人たちへの手紙と絵ハガキを書き始めました。お母さんは家事で何かと忙しそうにしています。やがて二人だけで軽い昼食になりました。
「手紙を出してきます」
「どこに郵便局があるかわかるの?」
「はい、きのう通って確認しましたから」
「そう」
子どもたちの声が聞こえてきました。私を見て、すれ違いざまに女の子がニコッと笑いました。[あの子たちもじきに進路を決めるんだな]郵便局の帰りに、少しブラつくことにしました。「ここには何もないよ」ブルックヘッドが言ったとおりでした。
ノンビリとした一日の最後は、お母さんに頼まれて、お父さん自慢の庭の植木の水やりでした。
あすにはボンに向けて出発するつもりです。最後の夜はブルックヘッドとバカ話で盛り上がりました。
「ねえ、フランクフルトのエロスセンターに行ったことある?」
「えッ、エロスセンター? ノブ、お前行ったのか?」
「うん、行ったよ」
「プレイしたのか?」
「いや。ふんい気だけ、のぞいただけだ。まだ明るかったし、店がやってるかどうかもわからなかった」
「そうだったのか。俺はまだ行ってないよ。友だちには行ったヤツがいるけどな」
「18才はオーケーなんだろ?」
「うん。成人年齢が18才に引き下げられたんだ。たしか10年ぐらい前だったと思う。でも、女性は21才以上じゃないと、営業できない決まりじゃなかったかな」
「へぇー、そうなんだ」
「だから、俺は酒もタバコも車の運転もオーケーさ。もちろんエロスセンターも」
「じゃ、行ったら」
「ああ、そのうち行くさ」
「俺はハンブルクかな。いろいろと聞いてるからね。この間はその下見だよ」
「どっちにしろ、ドイツ人女性はほとんどいないよ。みんなルーマニアやハンガリーのほうから来ているんだ。ハンブルクには南米や東南アジアの女も来てるって聞いてるよ」
「港町だからかな。いろんな国の船乗りもいるし、それだけ客が多いんじゃないか?」
ブルックヘッドによると、西ドイツでは人口何万人(不詳)に対し、その手の施設の設置規模を法令で細かく決めているようでした。つまり、国内の多くの街にそういう施設があるわけです。そこまでするんだ、そんな感じですね。その後も、たあいない話は続きました。
「夕方、妹の友だちが来てたろ? 彼女は妹からノブの話を聞いて見に来たんじゃないかな」
「そうなんだ。俺は見られるのは慣れてるから気にならないけどね」
「その友だち、大きな胸してただろ」
「えッ、胸? そういえば、そうかも」
「あれさー、ドイツでは大きな胸の娘をバルコーネンて言うんだ」
ブルックヘッドはバルコーネンと言いながら両手で胸の突き出たジェスチャーをしました。
「バルコーネン? あッ、そうか! バルコニーか」
「そう。バルコニーは壁から突き出てるだろ、だからバルコーネンだよ」
「へぇー、なるほど」
「日本では何と言うんだ?」
「胸の大きな娘??」
私はすぐに関西の落語家、カンカン帽にちょびヒゲ姿の月亭可朝氏がギターを抱えて、♪「ボインは赤ちゃんが吸うためにあるんやで~ お父ちゃんのもんと違うんやで…」と歌っていた「嘆きのボイン」を思い出しました。そして右手と左手で片方ずつボリュウムたっぷりに、そしてことさら大きな声で
「ボイン~、ボイン~」
「ボイン~? ワッハッハー、本当か? ボイン~、ボイン~か。最高だよ。ワッハッハー」
ブルックヘッドに「ボイン~、ボイン~」は大ウケでした。