月曜日の朝、ユースホステルから自転車でオスロの日本大使館へ向かいました。もちろん「ネパールから手紙を出しますから」とアテネで別れたW君からと日本からの手紙を受け取るためです。
オスロの中心には現在も国王が居住する王宮があり、その王宮を囲むように大きな公園があります。公園の前を北東から南西へ Parkveien(パークベイエン=公園通り)が通っています。日本大使館は公園の北側、その公園通りの向かいにあります(現在は公園の南側に引っ越しています)。
「こちらがお預かりしていた手紙と小包になります」
「ありがとうございます。ちょっと確認してみます」
チュニジアの日本大使館の時と同様、あらかじめ保管をお願いする手紙を大使館宛に送ってあります。職員から手渡された中身は、母親からの手紙と姉に頼んで送ってもらった香港と台湾のガイドブック、そして友人からの手紙です。
「次も必ず手紙を送るから」と前回の手紙で約束してくれた友人と肝心なW君からの手紙がありませんでした。[そうか、届いてなかったか。忘れてはいないだろうし。また、出直すしかないな]
「まだ届くはずの手紙がありますから、数日後にまた出直します」と、職員に伝えて大使館を後にしました。[まあ、しょうがない。のんびりオスロ観光しよう。まずは観光案内所だ]
オスロ市内には二つの観光案内所があります。一つは東駅構内、もう一つは街の中心です。場所は王宮のある公園の南側で西駅の近くになります。その案内所で観光資料をピックアップ、嬉しいことに日本語版の市内地図もありました。この日はそのまま市内をブラブラしてユースホステルに戻りました。
[1週間? いや2週間かな? 手紙待ちでオスロ滞在は長くなりそうだな]そんな予感がしていました。
滞在費をおさえるために私はユースホステルからより安いキャンプ場へ移ることにしました。市内のキャンプ場はすでにクローズ、もう1ヵ所オスロ郊外の Bogstad(ボグスタッド)にキャンプ場があります。市内中心から北東に10キロほど、Holmenkollen(ホルメンコーレン)の近くです。
ホルメンコーレン? そうです。スキーのジャンプで有名なホルメンコーレンです。ノルウェーはジャンプやクロスカントリーなどの歴史がとても古く、ノルディック・スキーの発祥地といわれています、それを象徴する一つが古くからジャンプ台が設置されているホルメンコーレンなのです。1952年オスロ・オリンピックの競技会場のほか、これまで世界選手権を始め多くの国際大会の会場になっています。その後、ノルウェーでは1994年にオスロの北の街リレハンメルでも冬季オリンピックが開催されています。そして、次の長野オリンピックへと続いて行ったのです。
以前からホルメンコーレンを訪れたいと思っていた私にとって、ジャンプ台の近くのキャンプ場はラッキーなことでした。
移動したキャンプ場は三ツ星のオート・キャンプ場で洒落たロッジまであります。キャンプ・サイトにはポツリポツリとキャンピング・カーや車が停まっていますが、自転車にテントはさすがに私だけでした。
1泊(テント1張り)30Nkr=約1,000円。とりあえず3泊することに。