私はニューヨークからロンドンへ移動した時点ではイギリスを一周した後にドーバー海峡を渡ってフランスへ行くつもりでした。ところがイギリス旅行中に南部の港町プリマスからスペイン行きのフェリーがあることを知ります。
そこで、スペインへと渡りポルトガルから北アフリカ経由でヨーロッパを回りることを決めました。同時にフランスをヨーロッパの旅の最後の国と決めていたのです。
フランスと言えばパリです。ブリュッセルからパリまで直線距離で250キロほどです。自転車で走ってもおそらく300キロちょいだと思われました。
しかし私にはパリの前に行きたい場所がありました。それは第二次世界大戦の末期、連合国軍が上陸作戦を敢行したフランス北部のノルマンディーでした。
アトミウムを見た後は国道10号線に出て、ベルギーの主要都市 Gent(ヘント)、そして日本でも観光地として知られる Bruges(ブルージュ)へと向かいます。ブルージュから北海の港町 Oostende(オーステンデ)まではすぐ、後は北海沿いをドーバー海峡へ、そしてイギリス海峡へと走れば目指すノルマンディーです。
ヘントの手前の街道沿いで昼飯のパンをパクついている時でした。[うん? あれは日本人じゃないの]私が走ってきた道を日本特有のキャンピング車がやってきたのです。遠目にも帆布製の振り分けバッグが目立つので、すぐにそれとわかります。
私の前で自転車が止まりました。自転車を押しながら近づくサイクリストにちょっと大きな声で、
「こんにちはー。日本のかたですよね? こんな所で驚きました。Hと言います。よろしく」
「こんにちは。Tです。よろしく」
「T君。あなたで三人目。旅先で日本人サイクリストに出会ったのは」
「そうなんですか。僕はHさんが初めてです。僕で三人目って?」
「うん。最初はアメリカのデトロイトでK君という大学生。二人目はノルウェーで農業研修を終えたW君、リスボンで会ったんだ。K君とはナイヤガラまで、W君とは北アフリカからギリシャまで一緒走ったよ」
「へぇー、そうだったんですか」
「いやー、俺には人を引き付ける何かがあるのかもな」
「えーッ?」
「へッへー。今のは冗談、冗談だよ」
T君は九州のN大学の学生、夏休み以降年内いっぱいヨーロッパを走る計画とのことです。彼はベルギーからオランダへ向かうコース、私と逆です。何はともあれブルージュまで二人で並走することにしました。
この日は、ゲントとブルージュの中間の森でT君と一緒に野宿。旅の情報交換はもちろん、二人ともに久々の日本語の会話に話はつきませんでした。