「もしもし、台北行きの一番早い便をお願いしたいんですけど。チケットは持ってます」
「はい。それではお名前をお願いします」
香港初日は輪行袋など荷物の積み残しというトラブルがあり、その到着をホテルで待機していました。結局、外出したのは夕食の時だけです。二日目以降もフェリーで香港島へ、自転車で九龍城へ、それ以外はどこへ行くでもなく香港の街をブラブラしていました。毎日自転車で走り回っていたパリとはえらい違いです。
[香港のパワーは十分に感じたし、そろそろ移動するかな]そんな思いで台北行きの予約をしていました。私が名前を告げると、
「パリでチケットをご購入のお客さまですね。確認しますので、しばらくお待ちください」
[やっぱ早い方がいいな]しばらくして、
「明日の午後4時の台北行きに空きがありますが?」
「明日ですか。じゃあ、それでお願いします」
思いのほか早い予約が取れました。後は最後の訪問地台湾へ向かうだけです。
香港から台湾北部の中正国際機場までは1時間ちょい、税関もスムーズに終了。
10月27日(木)、台湾入国。1NT$(元)=約6円。NT$(ニュー台湾ドル)と元は同じことです。
後に中正国際機場は現在の桃園国際機場に改称されます。中正は中華民国初代総統の蒋介石の本名です。
これは台湾のビザです。当時の台湾は観光でもビザが必要でした。
空港内の案内所で台北市内のホテルの予約をすることにしました。いつもなら空港で自転車を組み立て、そのまま走り出すのですが、旅の最後にちょっと贅沢をということです。とはいうものの予約をしたのは一番安いホテル(1泊10~16米$)です。
中正機場から台北へ、リムジンバスを利用しての移動です。バスは途中から高架道路を走り出しました。
[あッ、これって……]密集する家々、その各家々の屋根に立つテレビのアンテナ、道路沿いに並ぶ電柱。私が通勤に利用していた中央線の車窓から見る風景と同じでした。[似てるなぁ、東京に]もうすぐ帰るというのに急に東京を思い出しました。
海外から帰国すると日本の電柱の多さに改めて気づかされます。現在、台北の無電柱化率はアジアで1、2の95%まで進んでいます。日本では全国的にも、また東京に限っても無電柱化がなかなか進みません。何かと自然災害の多い日本、早い復旧には電柱の方がよいともいわれています。
2年前の11月、福岡で道路陥没事故がありました。復旧の速さを多くの海外メディアが配信していました。もし電線が地下に埋設されていたら、あれほど早く復旧しなかったそうです。一方、街の景観、美観を重視するヨーロッパでは古くから電線などを地下に埋設しています。むしろその方が災害に強いともいわれています。どうなんでしょうか。