話によると彼女は会社勤めの社会人、一人旅が好きなようでこれまでもカナダやヨーロッパへ旅行したそうです。今回の休暇旅行は初めてのアジア、最初が台湾、続いて日本と韓国を訪ねるプランだそうです。
一人旅の面白さ、しんどい思い、そしてハプニングと互いの話に盛り上がりました。私の自転車旅にも興味を示してくれました。特にアメリカ横断の話は身近なようで共感を持って話を聞いてくれました。
しばらくすれば私も帰国します。彼女に「東京を案内しましょうか?」と申し出ましたが、お互いのスケジュールが合わずにダメでした。
お湯に浸かったり出たりとどのぐらい話したでしょうか、あたりはすでに暗くなっていました。夜の入湯のためでしょう、露天風呂の横に誰かが備えたロウソクとマッチが置かれています。私がロウソクに火をつけると薄明かりの中、肩から顔にかけてほんのりピンク色にそまった彼女の白肌が浮かんできました。
「これで星が見えたら最高ですね」
「そう? 私は川の音だけで充分です」
「そろそろ私は宿に戻りますけど、どうします? 自転車に一緒に乗ってきますか?」
「えッ、自転車?」
「上に置いてあるんですけど。二人乗りでどうです?」
「フッフッ。いいです。私はもう少ししてからホテルへ戻ります。歩いて」
「そうですか。それじゃ、お先に。良い旅を。楽しかったです」
「ありがとう。あなたも」
彼女の泊まるホテルは私と逆で下手の天祥にあります。下りなら二人乗りでも楽だろうと考えたのです。服を着ながら急に思い出して、
「あのーッ、懐中電灯ありますかー?」
「大丈夫ですよー。ホテルの人に借りましたからー」
「わかりましたーッ」
川音に消されまいと二人の声は自ずと大きくなっていました。[借りたのか。さすがに準備がいいね]いらぬ心配をしたようです。
私が宿の戻ると同時に雨が降りだしました。[彼女、慌ててるだろうな?]
翌朝は曇り空、雨の心配はないようです。フロントで支払いをすませて出発します。
「264元になります」
「えッ、240元じゃなかったっけ」
「はい。サービス料の10%がかかります」
「サービス料?!」
[最初に言ってよ]今まで台北、台南、台東といずれのホテルもサービス料がついたことがありませんでした。何だか釈然としませんが、ここは観光地の宿ということです。
これがその時の伝票です。サービス料「服務費 GRAT. 24」とあるのがわかりますか。梨山賓館とありますが梨山は中央山脈を越えた反対側の台中市、梨やお茶で有名な観光地です。私が泊まったのは文山賓館、系列の宿なのか、写真にあるように「文」の判を押して使い回していたようです。
当時、秘湯だった文山温泉もその後台湾の多くの人に親しまれるようになりました。ところが2005年、土砂崩れによって死者と怪我人が出てしまい、現在、文山温泉は閉鎖されています。ただし自己責任で入湯している人はいるようです。そんな状態なので私が泊まった文山賓館も営業していないようです。